メディアというのは馬鹿と阿呆のものなのか?

昔から浮かれた人が大嫌いな僕です。
掲題の件はやはり、うーむと考える事が多く未だに悩ましいところです。

 

結局のところ、古今東西メディアというのは「数の論理」で語られやすく質に焦点が向きにくいという特徴があるのだと思います。メディアのマネタイズというのは広告が殆どであり、そうすると「人が沢山集まってくる場所」に最大の価値がという世界観になりやすいのであります。

そして肝心の内容も最小公約数を取りやすい「面白い」コンテンツに傾倒し、本質的な議論や学びの機会を奪うものが溢れるようになる。

 

その裏で葛藤する編集者やライターという作り手の存在がある一方、昨今のクラウドソーシングの普及でそうした人の価値が曖昧になりつつあるのだろうなと思うのであります。読んでいて不快になることも多いし、何だか怪しい情報ソースを元にしていたり。

自然に人が集まる、一筆入魂な記事というものも存在しているのは確かで、フロントがスカスカのパーの場合そうした人の矜持めいた部分を日々刻々と傷付けながらお金にしているという側面が僕は見逃せないなと思うわけです。

 

「それがメディアだ!面白くなければテレビじゃない!」とか言うバカな営業は死んでいただきたい、ないしはドヤ顔で闊歩しないで頂きたい、という話でございました。